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紀元前~1300年代
紀元前91年
第十代崇神天皇が五祠(國狹槌尊・伊弉諾尊・伊弉册尊・大穴貴命・少彦名命)をこの神奈備山の鏡ヶ原に建立。
676年
四十代天武天皇が再び祠を建立し、天日社として祭祀を行う(以降年に一度、不定期に行う)。
712年頃
「播磨風土記」にて、当地の地名「雲潤里(うるみのさと)」が記される。
1037年
第六十九代後朱雀天皇が江州日吉山王二十一社上七座の八王子大神を勧請し、日吉山王権現と崇称し祭祀を行う。例祭は定期的に行われることとなる。
1038年
『正一位大八王子権現』の勅額奉納あり。未墾地十町歩を寄進され、社領百石を賜り社殿を創建。
1329年
自然発火により社殿のすべてが焼失。
1349年
第九十七代後村上天皇の十町百石の社領を以って、社殿を再建。 -
1400~1800年代
1467年
第百三代後土御門の兵火により、社殿のすべてが焼失。
1473年
赤松政則の外護及び社領をもって社殿を再建。赤松政則は当神社で元服したとも伝えられている。
1492~1497年
随神門を創建。
1601年
当時の播磨の領主である池田輝政の検地を受ける。社領の文書がないため、社領すべてを没収される。
1677年
随神門を修理し、随神に彩色を施した。
1693年
社殿改築の気運が高まり、赤穂藩主の浅野長矩の援助を得る。加西郡代吉田忠左衛門を改築後見人に任命し、氏子共同して当社改築の大事業を成し得た。
1718年
随神門を改築する。
1880年
拝殿を改築。
1898年
妙見坂(西坂)改修。 -
1900年代前半
1901年
正面本坂改修。
1911年
神饌所を改修。瑞垣も造営。
1912年
神饌幣帛供進神社に指定される。
1918年
神戸宇仁郷会が組織される。
1934年
神戸在住の初田政太郎氏のご寄進を賜り、石造大鳥居を建立。
1952年
本殿屋根(桧皮葺)修復、瑞垣部分改修。
1961年
社務所新築。 -
1900年代後半
1972年
随神門基礎部分の補強工事および屋根葺き替え。
1976年
拝殿、幣殿、および末社屋根の改修。
1979年
神饌所の屋根を銅板葺に改修。
1987年
本殿屋根を銅板葺に改修。同年に新嘗祭・修復竣工奉告。
1988年
随神門修復について審議し、大事業を始めた。
1989年
随神門改修事業(即位記念事業)開始。
1990年
随神門修復工事が始まる。大阪在住の平間義澄氏よりご寄進を賜り、随神、狛犬、神門額などの修理・復元を実現。
1991年
随神門修復の竣工および随神像修復を祝い、式典を斎行。
1996年
創建960年記念事業を立案。拝殿、幣殿の屋根葺き替え工事基金を翌年より5ヶ年計画で準備する。
1998年
拝殿、幣殿の屋根葺き替え工事を実施。竣工を記念し、秋祭りにて本御輿渡御をおよそ40年ぶりに復活させた。以後2年ごとに実施。 -
2000年代
2000年
社務所屋根の葺き替え工事を実施。
2002年
創建960年記念事業である竣工奉告式を斎行。
2003年
下水道接続工事および、社務所便所などの設備改修工事を実施。
2005年
創建970年記念事業として玉垣などの改修を開始、翌年工事基金を募るための寄付奉賛活動を開始。
2006年
参道整備事業を追加。さらに、新嘗祭に合わせて創建970年記念事業としての玉垣改修・参道整備工事の奉告祭も実施。
2007年
表参道燈籠設置・追加整備工事が完了。
創建970年記念事業総会を開催し、事業終了報告を行った。
創建980年記念事業計画の実施も決定。
2008年
八王子神社大標柱(看板)を岡崎町・上王子町付近の県道沿いに設置。竣工式を行った。
2012年
春季例祭並びに創建記念中間事業氏子奉幣祭を実施。
2013年
宇仁小学校移転新築工事が始まり、同年12月に完成。
2014年
同校旧校舎解体工事が始まり、正面参道一部が返還。鳥居の移転も決定。
2015年
表参道整備事業および、正面鳥居などの復旧・設置が開始。
2017年
創建980年記念事業である、表参道整備工事竣工を記念して稚児行列(約100名)祝賀会を実施。
2018年
総会において、創建990年記念事業を決定。